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トップページ 第29回坊農写真館
「ちょっと一息 坊農写真館」へご来館くださり、誠にありがとうございます。
第29回の「坊農写真館」をオープンいたします。
今回は、5月連休明けの頃から8月はお盆の頃に至る季節の移ろいをお届けいたします。
6月下旬に、岐阜の白川郷から長野の上高地、さらに飛騨山脈(北アルプス)の
乗鞍岳まで足を伸ばしてきました。

また、前号でも「菜の花と桜」の写真で登場の森川君が、遠方まで行って
「ひまわり」を撮ってきてくれました。
その時の写真も掲載させていただきました。 
ごゆっくりご覧くだされば幸いです。


写真館のご感想・ご意見は、こちらまでお寄せください。
→→→ bouno@lime.plala.or.jp

写真をクリックすると、拡大写真をご覧になることができます。
1.野崎さんの「ようかび」

 野崎観音は復福聚山慈眼寺と云う禅寺で、JR学研都市線の野崎駅から東約1qにあり、昔から「野崎さん」として親しまれ、毎年5月1日から8日までは「ようかび」と云って「野崎詣り」が盛んに行われています。
 寺伝によれば今から約1300年ほど前の天平勝宝年間、大仏開眼のため、来朝したバラモン僧正が「野崎の地は釈迦が初めて仏法を説いた地によく似ている」と行基に話し、行基が観音様の姿を刻み、この地に安置されたのがはじまりと伝えられています。
 元禄時代から始まった「野崎詣り」は正式には「無縁経法要」と呼び、有縁無縁すべてのものに感謝のお経をささげる行事ですが、上方落語や「お染久松」の悲恋物語や「野崎小唄」などでもよく知られています。
 私は「ようかび」の最終日に出掛けましたが、寺の参道に200以上の露天が並び、境内には特別舞台が設けられて和太鼓や津軽三味線、大道芸などの奉納行事が行われていました。

2.5月の宇治/平等院、興聖寺へ

 平等院は、その昔永承7年(1052)関白藤原頼通によって父の道長の別荘を寺院に改め創建されたもので、その翌年天喜元年(1053)に阿弥陀如来を安置する阿弥陀堂が建立され、その建物が鳳凰堂と呼ばれています。
 私が訪れたこの日でも平等院の藤棚はきれいに咲き、屋根の鳳凰は光輝いていました。日本三名橋の一つと呼ばれる宇治橋より約800b上流に曹洞宗の宗祖道元禅師開創になる興聖寺があります。
 正式には「佛徳山観音導利院興聖宝林禅寺」といいます。本堂は伏見桃山城の遺構を用いて建立され、慶長5年(1600)落城の時の血の手形が残る縁板を前縁の天井にし、前縁は鶯張りの廊下となっています。
 静かな廊下を歩くたび、「キュ、キュ」となる音を聞きながら綺麗な庭園を眺め、書院で休息、心安らぐひとときを過ごしてきました。梵鐘の前に綺麗なツツジが咲き、スギゴケの上に音もなく散っている様子にこの季節の風情を満喫して参りました。

3.大阪「橋めぐり」

 5月中旬、シルバーウォーキングの会で大阪市内の橋めぐりツアーがありましたので参加してきました。 元禄年間に堂島川には大江、渡辺、田蓑、船津の五つの橋が架けられでいます。
 まずは地下鉄肥後橋駅に集合し、渡辺橋から田蓑橋、玉江橋、堂島大橋、船津橋など主に堂島川の西側を巡り歩きました。 これらの橋は、明治の大洪水によって八百八橋と謳われた大阪の橋
31すべてが流失し、下流の安治川橋に押し寄せたことがあって、その後は様々な工夫を凝らし、現在の橋に立て替えられたのですが、それぞれの橋にはその地の伝説やさまざまな事情もあったようです。
 堂島川に架かる橋の中で最も古い橋が堂島大橋で、外観が昭和2年以来ほぼ変わらない貴重な橋ですが、堂島川、土佐堀川で唯一のアーチ橋で地盤が軟弱で深さ25mまで900本の基礎杭を打つ難工事であったようです。
 また、堂島川には現在では両岸に遊歩道が設置されていて市民の憩いの場として提供されています。

4.久宝寺緑地の芍薬(シャクヤク)

  5月18日、八尾市の久宝寺緑地でシャクヤクが満開になっていると新聞に掲載されていましたので早速行って来ました。 久宝寺緑地では5月9・10・11日は朝7時からオープンし、6・7・13・14日は夜8時まで開園していたようですが残念ながら私は新聞に掲載されるまで知りませんでした。
 久宝寺緑地ではたくさんのシャクヤクが咲いていて、中には珍しい花もありました。 ここはおそらく長居公園や鶴見緑地よりも種類が多いのではないかと思われます。

5.天王寺公園の「慶沢園」

 天王寺公園の一画に慶沢園がありますが、私は時々そこを訪れています。 5月下旬の日、たまたまこのときはツツジがきれいに咲いて静かな園内には誰一人いませんでした。 慶沢園からは日本一高いビルと云う「ハルカス」が望めるのですが、のんびりした気分で園内を散策する気分は最高でした。
 慶沢園はもともと茶臼山の一画で、大阪冬の陣や夏の陣などの激戦地でもあり、また、奈良時代に和気清麻呂が大和川の流れを変えるために上町大地を開削した際、茶臼山古墳の堀を利用した河底池ができ、そのときに架けられたと云う「和気橋」は現在もその名で残っています。

6.城北公園の「城北菖蒲園」

 6月初旬、城北公園の菖蒲が咲いている頃だと思って行ってみました。 この城北公園は私が若い頃によく行った処ですが、今はその姿がすっかり変わっています。 私が行ったのは平日でしたが、シーズン真っ最中のこともあってか、たくさんの人たちが艶やかな菖蒲を見に来ていました。
 晴天に恵まれて城北菖蒲園には近くの幼稚園からたくさんの児童が先生に連れられてやってきていました。 子供たちは広い園内をはぐれないように二人ずつ手をつないでお行儀よく歩き周り、綺麗な菖蒲を楽しんでいました。
 菖蒲園には江戸系、伊勢系、肥後系の3種類の菖蒲が栽培されており約
250種、13,000株が広い園内に所狭しと咲き乱れています。 菖蒲は「アヤメ科」に属し、「アヤメ・ハナショウブ・カキツバタ」の3種類があり、それぞれに適した場所、開花期、花の色、などに特徴があります。 城北菖蒲園のは、ほとんどが「ハナショウブ」です。

7.奥飛騨紀行「白川郷」

  6月下旬、世界遺産の一つ、茅葺き集落の白川郷を訪ねてきました。 雨にたたられ、十分な散策はできなかったのですが、今の白川郷は、あまりにも観光化され、昔の趣は失われてきているように思いました。
 −「いにしえの 人の暮らしや 屋根重し」−

 今回は人々があまり行かない処へ行こうと思って集落の神社と寺院にも足を運んでみました。 しかし、ひっそりと佇む神社仏閣は、まるで押し寄せる観光客に困惑しているように私には見えました。
 −「世界遺産 人の暮らしと いま昔」−

 私が泊まったのは奥飛騨温泉郷の一角で平湯温泉にある白樺荘と云う宿で、近くには「タルマの里」と云う処があり、「タルマ滝」がありましたので、翌日早朝に訪ねてみました。
 −「奥飛騨の 水の流れも そのままに」−

 「白樺荘」の館内には可愛い「さるぼぼ」がたくさん展示されています。 たぶん旅館の人や近くの人たちが愛情込めて手作りされたものではないかと思われますが、その一つ一つの表情には素朴な田舎の人たちの心情が込められているように感じました。

 −「奥飛騨の 人の情けの 奥深く」−

8.上高地/河童橋と穂高の峰

 6月下旬、奥飛騨の旅の続きで、上高地を訪ねてきました。  上高地や日本アルプスを世間に広めた人として知られる「ウエストン卿」の碑を訪ね、大正池のあたりを散策したり、高山植物の特徴をもつ白樺の木肌を眺めて、かつての頃を懐かしく思い出すことができました。
 −「ひと昔 前のままなる 上高地」−

 河童橋は多少の改装をしているとは云え、60年前の姿を今に残していました。 相変わらずたくさんの人たちが上高地を訪れてはこの河童橋を楽しく渡っている様子は昔と少しも変わらないようでした。
 −「六十年(むとせ)経つ 姿変わらぬ 河童橋」−

 大正池から田代橋までの散策道も、静かな木立の中を歩く実に楽しい道の連続でした。 この散策道の側をきれいな水の梓川が流れていて雪解け水の冷たさが心地よく身にしみました。
 −「あの頃と 変わらぬ流れ 梓川」−

 穂高の峰は雪をたたえ、昔の面影を残していました。 あの峰に登ったんだなぁと、今更ながら感慨深いものがありました。
 −「なつかしき 姿見せたる 前穂高」−

 60年前に登った穂高の山は今も変わらず私を招いて若い頃を思い出させてくれました。
 −「六十年(むとせ)なる 雪をいただく 前穂高」−

9.乗鞍岳

  上高地を訪れたあと、バスで乗鞍岳へ行きました。ここは標高2700mの処をスカイラインが通っているのですが、一般のマイカーは通行規制されていて、バス、タクシーしか通行できません。 乗鞍岳は雄大なスケールと美しい山々が連なり、高山植物はもちろんのこと、珍しい動物たちも見られ、実に見晴らしが良く、静かでのんびりと清々しいひとときを過ごすことができました。
 −「アルプスの 谷間に咲いた 恋もあり」−

 乗鞍岳は北アルプスの南端に位置し、剣が峰を主峰とする日本の代表的な山岳公園で、見渡せば遙か彼方に富士見岳をはじめ、朝日岳、奥穂高、前穂高、常念岳など3000m近い山々が一望できる素晴らしい景観を見せてくれました。
 −「乗鞍の 雪間に見ゆる 夏の花」−

10.鶴見緑地の「花蓮展」

  7月に入り、鶴見緑地の「咲くやこの花館」の外園で、「花蓮展」と称して世界のハス約200種を一堂に集めた展示会を開催していましたので行ってきました。 この展示会には「特別早朝観覧」と云うのがあって、午前7時から9時までと時間を指定していましたので、朝7時に到着するよう自転車を走らせました。
 展示されていた蓮は、アメリカ、インド、韓国などの他、古代の蓮として知られる「大賀蓮」もありましたので、早朝開花を期待していったのですが、なかなか「蓮の開花」を見ることはできませんでした。

11.兵庫県小野市・「ひまわりの丘公園」(文・写真:森川哲雄)

 今年の暑中見舞い葉書はひまわりの写真にしようと雨が続く7月、この月の中旬頃までに満開になっているところは無いかと探り当てたのが兵庫県小野市のこの地でした。
 雨の上がった7月15日、電車とバスを乗り継ぎ、最後は徒歩30分、3時間弱を掛けて、午前10時前に現地到着。 天候を心配していましたが、ここはもう真っ盛りの夏、50万本と云われるひまわりが咲き誇っていました。
 ひまわり畑の中を駆けめぐり、汗だくの撮影となりました。

12.奈良少年刑務所

 7月16日、今年3月まで現役で使用されていた奈良少年刑務所が閉鎖されることとなり、このたび1日限りで一般に公開されましたので行ってきました。 ここは明治政府が監獄の国際標準化を目指して計画したもので、日本では5カ所(千葉、長崎、鹿児島、金沢、奈良)しかなく現存では唯一のものでした。
 いわゆる監獄と言われるものは邦人の罪人を収監するところで、西洋人を対象とするものではなかったのですが、この5大監獄は国際化を目指したものであった為、様々な施設が施されていました。
 その為この奈良少年刑務所は歴史的価値ばかりでなく、意匠的にも優秀との評価が高く、用済みになったとは云え取り壊してしまうのはあまりにも勿体ないとのことで、このたび民間に払い下げられ、一部は資料館とし運営され、他は2020年にはホテルとして再開されることになっているようです。
 ここは大変広く、いろんな設備が施されていて、その一つ一つを見せていただくことができました。
 しかし、刑務所であったが故、設備の所々に金網があったり、逃亡阻止のための針金を見たときは、当然ながら、なんだか切ない気持ちになることもしばしばでした。
 でも、罪人とは云え対象者が少年であることから、心安らぐ設備や様々な配慮がされていたことを聞いたり見たりしているうちに、少しは救われる気持ちになることができました。

13.奈良・元興寺

 7月16日、せっかく奈良へ来たのだからと「元興寺」へ立ち寄りました。ここは世界遺産に登録され、「行基瓦」が未だに使用されている珍しい建物でもあります。
 8月の地蔵盆の頃に、ほとんど毎年訪れる処ですが、今年も、お地蔵さんの間から、キキョウのきれいな花が咲いていて、まるで「地蔵盆」を待ちかねているかのようでした。 キキョウは今頃の時季が一番綺麗に咲いています。

14.天神祭の花火

  7月25日、天神祭の夜、奉納花火が今年も華やかに打ち上げられました。 たくさんの見物人が天満橋付近に集まり、大川河畔は大賑わいとなっていました。 約5000発の花火が打ち上げられたのですが、なかなか綺麗に撮ることが出来なかったのが残念です。

15.奈良燈花会

 毎年、8月5日から14日の期間、奈良燈花会が行われています。
 会場は、「浮雲園地」「春日野園地」「浅茅が原園地」「国立博物館」「興福寺会場」「五十二段階段」「猿沢池」等に及び、かなり広い範囲に亘り、毎年
50万人以上の人たちが訪れる奈良の一大イベントになりましたが、この燈花会では約2万個のろうそくが灯されるので、子供から大人までたくさんのボランティアの人たちが活躍されています。
 今年は12日の日に行ってきましたが、鷺池の浮見堂は灯火に照らされ、幻想的な雰囲気を醸し出していました。 池にはボートが浮かび、また、多くの人達がボートに乗る順番を待っています。 提灯を灯すボートでは楽しそうな声が弾んでいました。

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