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トップページ 第34回坊農写真館

「ちょっと一息 坊農写真館」へご来館くださり、誠にありがとうございます。
第34回の「坊農写真館」をオープンいたします。

今回は、年の初めから桜の季節に至る季節の移ろいをお届け致します
春の風情を求めて近隣の公園に始まり、滋賀、京都、奈良、和歌山、
兵庫を駆け巡ってきました。

また、機会があって、岡山、香川、沖縄を旅することになり、
その時の写真も掲載させていただきました。
ごゆっくりご覧くだされば幸いです。
写真館のご感想・ご意見は、こちらまでお寄せください。

→→→ bouno@lime.plala.or.jp

写真をクリックすると、拡大写真をご覧になることができます。

1.今年の初詣

 今年は12年に1度の猪歳であり、私自身も猪歳生まれで7回目の当たり年でもあることから新年にあたり「猪に関係のある神社仏閣」へお詣りしてきました。
 あまり知られていないのですが、滋賀県の日野町に「馬見岡綿向神社」と云う神社があり、その境内に大きな石の猪像がお祀りされています。
 およそ1500年前の欽明天皇の御代、蒲生の豪族二人が綿向山に猟に来た折、大きな猪の足跡を見つけ、夢中でその足跡を追いかけて行くうちに二人はいつしか頂上へと導かれ、そこで綿向大神様のご神託を受けて祠を建立したのが「馬見岡綿向神社」の始まりと伝えられています。それ以来「猪」は綿向大神様のもとへ人々を導く「神のお使い」として尊ばれています。

 そもそもこの「馬見岡綿向神社」のご祭神は「天穂日命(あめのほひのみこと)、天夷鳥命(あめのひなどりのみこと)、武三熊大人命(たけみくまうしのみこと)」の3神で、
神武天皇の御代、鈴鹿山系に聳える綿向山に出雲国開拓の祖神を迎え祀り、欽明天皇6年(545)にその頂上に祠を建てられたものです。
 その後この神社へお詣りすることが人々の新年の行事となっています。

2.住吉大社の「通し矢」神事

 大阪では住吉大社に毎年たくさんの人たちが初詣されますので、遅まきながら私もお詣りさせて頂きました。やはりたくさんの人たちがお詣りされていました。
 この日、はからずも住吉大社では弓の神事「御結鎮神事」(みけちしんじ)が行われていましたので見学させていただきました。
 御結鎮神事とは衣冠装束の公家さんが新年に際し、悪病退散を祈願して弓を的をめがけて射るもので、住吉大社では毎年1月13日に行われています。

 偶然にも射た瞬間を「高速連続撮影」で捉えることができました。

3.春を待つ大阪城公園

 1月19日、良い天気に誘われて大阪城公園へ行ってみました。この陽気でたくさんの人たちが来ていましたが、相変わらず外国人の多さには驚きます。
 梅林のはずれに「蓮如上人」が築いた「石山本願寺」の跡があるのですがここまで見に来る人はあまりないようでした。梅林の綺麗な水仙は春の陽を身体いっぱいに浴びていました。
 梅林の梅は一部を除いてまだ「蕾み堅し」の状態で、大阪の梅の開花を知らせる「標本木」もまだまだと云うところでした。桃園の桃の花もつぼみが堅く、もう少し待って欲しいと言っているようでした。
 しかし、森ノ宮駅に近いところにある公園では「じゅうがつさくら」が綺麗な花を咲かせており、蝋梅が梅に先駆けて咲いていて、「春近し」と告げていました。

4.早春の長居公園

 1月30日、陽気に誘われて長居公園へ行ってきました。「紫陽花園」の手前辺りの梅園では早や梅が咲いていました。紅梅と白梅が恥ずかしそうに咲いています。
 長居公園の植物園へ行く道の途中に「十月さくら」が数本あって、春を待ちかねていると言いたげに咲いていました。「つばき園」ではまだ椿やサザンカが咲き残っていました。大池の側で咲いているチュウリップは少し色をつけて私を出迎えてくれました。

 ゆったり、のんびりした気分で長居公園の散策を楽しんできました。

5.鶴見緑地−早春の花々
 2月1日、良いお天気になったので鶴見緑地へ行ってきました。緑地の梅林ではもう梅の花が咲き始めていました。梅林では紅梅に続いて白梅も咲き始めていました。梅林の前では蝋梅が見頃になっていて、風車の丘では菜の花が咲き出して春の訪れを待っているようでした。
 日本庭園の手前に咲いている木瓜の花が小川のせせらぎに耳をすませているかのようでした。風車の丘から梅林へ向かう途中で「カンヒサクラ」が春を待ちかねて小さな花を咲かせながら「春よこい、春よこい」と唄っていました。
6.咲くやこの花館

 昨日に引き続き良いお天気に恵まれましたので、鶴見緑地の「咲くやこの花館」へ行ってきました。「咲くやこの花館」では「カカオとコーヒ―展」が開かれていて、チョコレートやコーヒーの成り立ちや産地とか製造方法など詳しく説明されていました。
 珍しいサボテンの花や温室植物などは常時展示されていますが、普段見かけないものにはたいへん興味が引かれます。常時展示されているハイビスカスや睡蓮も撮り方によって別の美しさがあるものです。

7.雪の三千院と「大根炊き」
 2月10日、三千院の「大根炊き」が始まる頃だと思って京都大原の三千院へ行ってきました。もともと三千院は伝教大師最澄が比叡山延暦寺建立の際に草案を結ばれたのに始まるのですが、皇子・皇族が住職を勤めた宮門跡であり明治4年に法親王が還俗したことに伴い、霊元天皇が勅額したことにより「三千院」と公称されるようになったとそうです。
  本堂の客殿よりに聚楽園には雪が積もっていて、素晴らしい冬の風景が見られました。 本殿と極楽院の間にある「有清園」には「わらべ地蔵」が点在し、いつ訪ねても私を喜んで迎えてくれます。
 大原の里で採れた大根を金色不動明王に祈願して「大根炊き」として一般参拝者に無料で振る舞ってくれる「三千院の大根炊き」は私がほぼ毎年訪ねる冬の行事の一つです。そのお陰で年中「無病息災」で過ごさせて頂いています。
 
8.倉敷へ

 2月16日より、瀬戸内海を12日で周遊するバスツアーに参加してきました。先ずは倉敷を訪れ、独特のうろこ壁作りの町並みを散策しました。
 倉敷では小舟に乗って川渡りする人たちがいたりして、のんびりした雰囲気や気ままな散策を楽しむ人たちがたくさん見られました。倉敷には有名な大原美術館があり、私は今まで倉敷に何度も来ていますが、まだ、一度も中へ入ったことがありませんでした。
 しかし今回は多少の時間的な余裕がありましたので、思い切って中へ入ってみることにしました。そもそも大原美術館は倉敷紡績を経営していた大原孫三郎が病院や研究所を創立する一方で、公共性の高い諸事業を推進し美術作品の収集と公開をすすめ、児島虎次郎の作品とともに公開するために創建したのが始まりだとされます。
 大原美術館には明治以降の洋画や濱田庄司、河井寛次郎、棟方志功など現代作家の作品ばかりでなく、ピカソ、モネ、グレコなどの作品も展示されていました。残念ながらそれらの作品は撮影が禁止されています。
 私は、聖母マリアがイエス・キリストを受胎した様を描いたエル・グレコの「受胎告知」と云う作品が一番印象に残りました。

9.父母がM
 次に訪れたのが、日本夕景百選の一つに選ばれている香川県三豊市にある「父母ガ濱(ちちぶがはま)」という海岸べりの風景で、私は以前から一度は撮りに行きたいと思っていた処ですが、バスはちょうど夕景に間に合うように走ってくれ、大いに感激して夢中でシャッターを切りまくりました。
 海の向こうに夕日が沈んで行く時間と、海面近くに漂う雲の動きを気にしながらファインダーを覗き続けました。
10.道後温泉

 翌日、道後温泉を訪れました。 3000年の歴史がある日本最古の温泉といわる道後温泉は、古くから大国主命、斉明天皇や聖徳太子とか山部赤人、正岡子規、夏目漱石など大勢の方々に愛され、明治27年に改築された道後温泉本館は平成6年に公衆浴場として初めて国の重要文化財に指定されています。
 平成6年には道後温泉本館百周年を記念して道後温泉駅前の放生園に「からくり時計」と云うユニークな時計が作られ、8時から22時まで1時間ごとに時計がせり上がり、小説「坊ちゃん」の登場人物が現れるようになっています。
 道後温泉には8カ所の旅館の前などに「足湯」が設置されていて、宿泊者でなくても誰でも無料で入ることが出来るようになっています。
 「からくり時計」の横にも足湯がありましたので「足湯」につかりながら「からくり時計」が時を告げるのを眺めると云う一興を味わってきました。

11.長居公園の梅
 2月24日、良いお天気に誘われ、そろそろ梅が咲いている頃だろうと思って長居公園へ行ってきました。この日は日曜日でもあって植物園は入場無料になっていて大勢の人たちが来園していました。
 案に違わず、梅林では紅梅・白梅が咲き乱れていて、綺麗な梅の花をみることができました。梅林以外の処も散策してみるとクリスマスローズが咲いているところやチューリップ畑ががあり、ツバキ園では今が盛りといろんな種類の花が咲きそろい、春間近を感じました。
12.二月堂の「お水取り」
 3月9日、今年も二月堂の「お水取り」に行ってきました。奈良・東大寺の二月堂で行われる「修二会」は、752年に実忠和尚によって始められて以来一度も絶えることなく、奈良の年中行事の一つとして連綿と続いてきた行法で、東大寺二月堂にて旧暦2月に行われることから「修二会」と呼ばれるのです。
 今年で1268回目となります。 現在では新暦の31日から14日まで毎日行われています。 本堂でお勤めする修行僧を導くために足もとを照らす松明を「お松明」と呼ぶのですが、午後7時に修行僧を本堂内へ送り届けた後、その松明を二月堂本堂の欄干で振りかざす行事が有名です。 欄干の下或いは遠くから、それを拝むためにたくさん人々が来ていました。
 この日は、午後7時まで少し時間があったので近くの片岡梅林へ足を伸ばしてみました。綺麗な梅の花が咲いていて、夕日に照らされたその姿はまるで春の装いを楽しんでいる風景でした。
 梅林にある「丸窓亭」は鎌倉時代に建てられた春日大社の経庫ですが、知る人ぞ知る奈良の名所で、この地を「丸窓の梅林」と呼ぶこともあります。
13.大阪城・桃園
 3月18日、大阪城の梅は既に盛りが済んでいましたので、桃園の方へ足を運んでみました。桃園ではまだ満開とは言えないものの、綺麗に咲いた桃の花が久しぶりに訪れた私を慰めてくれました。
 しかし、昨年の台風21号で相当のダメージを受け、咲いている木は少なく、桃の花もちょっぴり寂しそうでした。たまたま川辺に浮かぶ船の中で「お点前」をしているのに遭遇しましたので撮ってみました。
14.和歌山・桃源郷へ
 3月31日、そろそろ桃の花が見頃だろうと思って、和歌山県の「桃源郷」へ行ってみました。しかし、桃源郷の桃の花は「花実をつけるためのもの」で、畑の中へ入って鑑賞する事はできませんでした。
 広い桃の畑が各所に見られ、町全体が「桃一色」と言ってもいいほどで、菜の花とのコントラストが実に素晴らしい景観を見せてくれました。一つ一つの桃の花はちょうど今が盛りで、きれいな花を咲かせていました。
15.桜を求め道成寺・和歌山城へ
 続いて、「安珍清姫」の物語で知られる「道成寺」へ行ってきました。修行中の僧・「安珍」と、一方的に恋心を抱く庄屋の娘「清姫」の悲恋物語なのですが、恋が叶わぬ「清姫」が「安珍」を追いかけ、終いには蛇となり、「道成寺」の釣り鐘に隠れた「安珍」を焼き殺すと云う、実に悲しい? いや激しい恋物語なのです。
 道成寺では桜がちょうど満開になっていました。お城の桜はどうだろうと思いながら、JR和歌山駅の近くにある和歌山城へ向かいました。このお城は一般市民にも親しまれ、たくさんの人たちが訪れていました。
 和歌山城の天守閣へ登ってみると、和歌山の町並みが手に取るように見渡せ、かつて、徳川吉宗が見たであろう景色も「かくあらん」と云う想いになります。
16.桃園再訪
 4月5日、大阪城公園の桃の花が満開になっている頃合いを見計らって行ってみました。大阪城桃園では「源平」と名付けられて、一つの花に白と紅色がある桃の花がたくさん植えられています。
 この日は天気が良く、真っ青な空に白い雲が浮かび、高層ビルを背景に桃の花が見事にさえていました。
17.武田尾へ
 4月6日、シルバーハイキングに参加して、旧福知山線の廃線跡として知られている「武田尾廃線跡」ハイキングに行ってきました。ここは昭和61年に新らしく福知山線が開通したので廃線となり、後に一般ハイカーに解放されたものです。
 旧福知山線は川下川ダムの下流にあたり渓流沿いに走るとても景色の良い処で、ところどころにトンネルがあって、生瀬から武田尾まで約5
kmのハイキングコースとなっています。
 廃線跡には今は使われていない鉄橋があり、長いトンネルやら短いトンネルなど、レールはないものの、枕木がハッキリと残っていたりと魅力たっぷりのコースでした。
 ハイキングコースの終着点にはJR武田尾駅があり、近くには武田尾温泉もありましたので、ハイキングの足の疲れを癒やすため少し足を伸ばして武田尾温泉まで行き、無料の「足湯」を楽しんできました。
武田尾駅は駅の半分がトンネルの中にあると云うユニークな駅でした。
18.沖縄へ

 4月13日から二泊の日程で、初めて沖縄を訪ねてみました。那覇空港から那覇市内に入ると、賑やかな国際通りがあり、まるで大阪の心斎橋か天神橋筋の道幅を拡げたような商店街で、いろいろな商店があり、例によって「シーサー」人形などを売っている店も並んでいました。
 続けて首里城を見学し、琉球王国の昔を偲ぶ数々の場所と遺品などを見学することができました。当日、琉球海炎祭と云う花火大会がありました。この花火大会は年に一度だけ行われるもので、当日には特別に台湾から4千人の参加があり、総勢2万人の観客があったそうです。
 当日は雨が降りそうなお天気でしたが滞りなく実行され、もし当日が雨の場合はその年は中止になると云う花火大会で奇跡的にも絶好のチャンスに恵まれたと云うべきでした。
 この日の花火は「葛飾北斎」をイメージしたり「コシノジュンコ」が演出したりなど、1万発の花火が放たれ、大阪で見るいろんな花火とは全く違ってその美しさと迫力には圧倒される凄さがありました。
 2日目には、大きな水槽で悠々と泳ぐ「ジンベイザメ」や珍しい「クラゲ」と、たくさんの「オサカナ」たちが泳ぐ美ら海水族館を見学し、そのあと、利口な演技をする「イルカショウ」を見せて頂きました。3日目に、ひめゆりの塔を訪れました。
 かつて、太平洋戦争の末期、アメリカ軍に攻められた沖縄では看護学生だった乙女たちが避難した場所として最後の場を今に伝える記念塔として建つ「ひめゆりの塔」と、近接した処に建てられた資料館をじっくりと見学させて頂きました。
 小さな洞穴の中で何百人が隠れ潜んでいる処へ火炎放射器や手榴弾を投げ込まれ、瞬時にして亡くなったたくさんの人たちの無惨さを案内人が詳しく説明してくれ、今から70年以上も前のことをまるで昨日の如く克明に話す一言一言には、怨念ともいえる思いが伝わってきて、私自身も戦争の惨さと爆撃の怖さを体験しているだけに、他人事とは思えぬ気持ちで聞き、涙が溢れ出るのを禁じ得ませんでした。

 沖縄で知られる名所のひとつに「万座毛」があります。ここの岸壁に見られる象の姿をした岩は、特筆すべき景観でした。隣にある万座毛ビーチはエメラルドグリーンの海の色をしている筈と期待していたのですが、残念ながらお天気の都合で見ることはできませんでした。

 続いて、自衛隊の「嘉手納基地」を訪れ、沖縄の現実を目の当たりにして、現実の矛盾と戦争の悲惨さ、平和のありがたさを思わずにはおられませんでした。
夕刻6時5分に出発する飛行機だったのですが、約30分遅れで那覇空港を離陸、飛行は順調で、上空から見る夕日がとても印象的でした。

19.造幣局へ

 4月18日、シルバーハイキングで造幣局を見学する機会がありましたので行ってきました。「造幣局の通り抜け」は既に終わっていましたから、一般の観光客はいませんでしたが、構内の桜は今がちょうど見頃となっていました。
 造幣局の桜にはいろんな種類がありますが、特に「八重桜」は遅くまで咲くもので、今年の咲き具合は少し遅れていましたから、私が行った時がちょうど良い咲き加減でした。お陰でゆっくり、のんびりと見頃の桜を見物でき得をした気分になりました。
  この造幣局では、通貨のうち硬貨のみが製造され、紙幣は製造されていません。内部の様々な製造機械を見せて頂くこともできました。硬貨だけでなく、国民栄誉賞やオリンピックの金賞などの他外国の記念メタルなど、様々な記念メタルも製造されています。
 いろんなものを見せて頂き、大変有意義な見学会となりました。

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(坊農 了一)