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「ちょっと一息 坊農写真館」へご来館くださり、誠にありがとうございます。
第38回の「坊農写真館」をオープンいたします。
今回は、昨年の夏から今年の新緑の季節に至る移ろいをお届け致します。
新型コロナ感染が収まらず、鶴見緑地などの近場に時折出掛けての撮影と
なりましたが、京都や奈良、滋賀近江にも出掛ける機会がありました。
ごゆっくりご覧くだされば幸いです。
写真館のご感想・ご意見は、こちらまでお寄せください。
→→→ bouno@lime.plala.or.jp
※写真をクリックすると、拡大写真をご覧になることができます。
1.真夏の金魚展

 7月下旬に入り、5年ぶりに堂島リバーフオーラムで「アートアクアリウム展」と題して「金魚展」が開かれているので行ってきました。約2千年前、中国で突然変異で生まれた赤いフナが見つかったことがそもそもの始まりです。
 日本にやってきたのは1502年(室町時代)で、当時は大名クラスしか見ることが出来なかったと云われています。江戸時代になると武士や豪商が屋敷の池で金魚を飼うようになり、江戸後期には庶民でも手に入れられるようになり、浮世絵や家具、着物の柄に描かれるほど金魚ブームが起こりました。
 アートアクアリウムは大阪発祥の企画で、今年で15周年となり、全国の展覧会を周っています。広い会場ではいろんな展示方法で金魚の生態が展示され、舞台や金魚鉢、天井にも展示されているかと思えば友禅仕立ての壁面に金魚を展示するなど見てまわるのに退屈しません。

2.めがね橋となみはや大橋
 10月中旬、コロナ禍で、写真撮影に出かけることも少なかったのですが、いつまでも家にジッとしている訳にも行かないと、かねてから念願だった「大阪の名物の一つ」である「大阪渡し船」の一つとして知られる「めがね橋」の写真を撮りに行ってきました。
 大阪大正区には無料で乗れる「渡し船」がたくさんありますが、渡し船の水上高く架かる「なみはや大橋」にも、ついでに行ってきました。
バスの窓は身体を乗り出すことも出来ないので、思うような情景を撮ることが出来ませんでした。
3.平等院
 10月下旬、久しぶりに宇治へ行ってきました。今までは平等院の中へお詣りしなかったのですが、今回は平等院の「鳳翔館」で「伊藤若冲展」があるそうだったので、入ってみました。
 残念ながら、自分が思っているような展示物はなく、「本堂内部」の展示物が「鳳翔館」で展示しているだけでした。平等院の内部は工事中のため入れなかったので、外部から大屋根の鴟尾「鳳凰」などを撮ってきました。
4.秋の鶴見緑地

 10月下旬、青空に惹かれ鶴見緑地へ足を運びました。午前中は綺麗な雲が真っ青な空に浮かび、風車の丘では綺麗なコスモスが咲いていて楽しい気分にさせてくれます。
 緑地の秋バラは今少しの状態でしたが、赤や黄色の蕾は目にも鮮やかでした。バラ園に咲く紫色の「ブラスバンド」は見頃となっていました。
 秋はもうすぐそこまできている様子で、「紅葉」が待ち遠しいです。

5.秋の貴船神社
 11月中旬、久しぶりに京都の貴船神社へお詣りに行ってきました。叡山電車で「貴船口」まで行き、そこからバスで「貴船神社」まで行きました。叡山電車では「市原駅」が過ぎた頃からゆっくり走り、時には止まってゆっくりと紅葉が見られるようにと、お客さんを楽しませてくれました。
 貴船神社は若い頃にお詣りしたことがあるのですが、今はかなり様子が変わってしまっていました。沢山の人たちがお詣りしているなか、若い女性の方々が「スマホ」であちこちを撮っているのですが、その「マナー」の悪さはあきれるばかりで、先に撮った人がなかなかその場を立ち退かず、ジッとその場所でおしゃべりをしたり、立ち止まってしまって、こちらの「シャッターチャンス」がありません。
 昔は周りを見渡して、誰かが写真を撮っていると思ったときには自分が撮ったら直ぐにその場を離れ、他の人が撮るのを邪魔しない「暗黙のルール」のようなものがあったのですが、なんだか寂しい気持ちになりました。貴船神社は「水の神様」であることは言うまでも無いのですが、「絵馬」発祥の地であることは意外にもあまり知られていません。
 その昔、歴代の朝廷が日照りや長雨、凶作とか疫病など国事多難克服のため必ず勅使を使わし、祈願するとき「お天気なら白馬」「雨なら黒馬」など数百度も奉納し続けたが、いつまでもそんな訳にもゆかないので、「板に馬の絵を描いて」その代わりとしたことから「絵馬」が始まったと云われています。
6.東福寺の紅葉
 11月下旬、久しぶりに東福寺へ行ってきました。いつもの事ながら「通天橋」を望む「臥雲橋」は人混みで溢れかえり、通行もままならぬ状態でした。
 現在では外国人が来日していないから、かなり空いていると予想していたのですが完全に外れてしまいました。東福寺の紅葉は相変わらず素晴らしい眺めで、コロナ禍の自粛が一時的に外された事もあってか人々の人混みはたいへんなものでした。
 東福寺の創建は鎌倉時代で、奈良の「東大寺」の「東」と「興福寺」の「福」から2字をとって「東福寺」とされ、関白九条家の菩提寺として造営されたのが始まりで、開山には「聖一国師」を仰ぎ、天台、真言、禅の三宗兼学としたものでした。通天橋に通ずる庭園と洗玉澗の紅葉は格別で、特に洗玉澗に見られるモミジをカメラの「極彩色」に切り替えて「アップ」で撮ってみました。
 「東福寺」の中ほどにある谷はモミジの最も綺麗なところであり、ここに架かる三つの歩道橋は、上流から「偃月橋」、「通天橋」、「臥雲橋」を東福寺の「三名橋」と呼ばれています。東福寺へお詣りする参道に「盛光院」「雲源院」など搭院として様々な寺院がありますので、東福寺本堂へお詣りするだけでなく「御朱印集め」のつもりでお詣りしてきました。
 「霊雲院」には「座禅の間」があり、かわいいカエルが「手洗い鉢」の水をジッと見つめている姿や、「盛光院」にはかわいい小僧さんが「まる裸」でお尻を突き出している彫刻などがありました。
7.談山神社
 11月下旬、久しぶりに奈良の談山神社にお詣りしてきました。10年以上も前に車で行ったことがあるのですが、今回は電車で行くことにしました。神社入り口の階段の高くて長いのには驚きました。それだけ自分の体力が劣っていることを思い知らされたのですが、階段の途中に大きな「夫婦杉」があって、参拝する我々の無事を見守っているかのようでした。
 「談山神社」と云えばテレビとか新聞などで報道されるとき、必ずと云っていいくらい紹介されるのがこの写真の「本堂」と「十三重の塔」で、この前の広場で毎年春に「蹴鞠」が行われる事は周知の通りですが、「中大兄皇子」と「藤原鎌足」が「大化の改新」を話し合ったとされる大変重要な場所でもあるわけです。
 当然、御祭神は「藤原鎌足公」ですが、重要文化財の「十三重の塔」は木造十三重塔としては世界唯一のもので、本堂からの眺めは紅葉一色の素晴らしい景観でした。
8.冬の信貴山
 今年は「寅年」と云うことで干支に因んだ神社仏閣へお詣りしようと思っていたのですが「コロナ禍」のこともあってなかなか実行できなかったけれど、比較的安全と見られる「信貴山」を思い浮かべ、2月中旬の日、早速行ってきました。
 奇しくも今日は「寅年・寅月・五黄」の日で、実に縁のある処へお詣りできました。ここは西暦582年敏達天皇の頃、聖徳太子がこの山で毘沙門天を感得され、その時が寅年、寅日、寅の刻であったことから、「信ずべき山、貴ぶべき山・信貴山」と名付け、太子自ら毘沙門天の像を刻み伽藍を創建し、それ以後、信貴山の毘沙門天は寅に縁のある神として信仰されることになったそうです。
 西暦910年、醍醐天皇が重病に陥り、信貴山の毘沙門天の加護により全快されたので「朝護孫子」の勅号を受け、以後その名が用いられています。本堂から眺める多宝塔は実に美しい姿を見せてくれました。境内のあらゆる処には、「寅を模した珍しいポスト」や「鹿の彫刻を施した灯籠」とか「わらべ七福神」の石像など珍しい施設があり、「四国八十八カ所」の名を記した石畳などがあって、その石畳を踏んで行くと四国巡礼をしたことになると云われており、それらを巡り歩くだけでも飽きることなく楽しいお詣りが出来ます。
 参道には「開運橋」と称する朱塗りの橋が架かっていて、その高い欄干から下の川面に飛び降りる「バンジージャンプ」の設備も設けられていました。先日、テレビの司会者が実際に飛び降りる中継が放映されていました。他にも「仁王門」とか、多くの地蔵尊が祀られている「千体地蔵」などもありました。
9.東本願寺
 3月中旬、京都市下京区にある東本願寺に出掛けてきました。今までは車でこの前をよく通っていたのですが、中に入ったことはなく、まして「御影堂門」などには登ったこともないので、この機会に訪れてみました。
 撮影禁止でしたが、楼門の上から外部は撮影することが出来ました。楼門の柱は太いケヤキ材は使われ、よくもこれだけの材料があったものだと感じ入りました。東本願寺前の道路を隔てて、すぐ東側に名勝「渉成園」がありましたので訪ねてみました。
 ここは文人趣味に溢れる仏事庭園として国の名勝に指定されています。園内にはいろんな花や木々あり、春や秋には梅や紅葉を楽しめることが出来るようになっています。
10.春の鶴見緑地
 3月下旬、良いお天気で、家におれそうにないので、自転車で鶴見緑地へ行ってきました。「ソメイヨシノ」はまだもう少し待たねばなりませんが山のエリアの西出入口付近に咲いている「ヨーコーサクラ」は満開状態でたくさんの家族連れたちが見に来ていて、大勢のカメラマンたちが小鳥(メジロではなさそう)が蜜を食べに来ている姿を追っていました。
 数日後、この日も天気に恵まれ、近場で桜を撮るにはやはり鶴見緑地が一番手っ取り早いので行ってみました。「サクラ」は満開、水仙も色を変えて迎えてくれ、春を満喫させてくれました。緑地内を一回りして、山のエリアから西出入口を通り、大池のほとりを散策してきました。
 平日にもかかわらず大勢の人たちが「花見」に来ていて、鶴見緑地は今まさに「春爛漫」でした。 4月に入っても出掛けてしまいました。
11.中之島と新しい美術館
 4月3日、雨に降られた日曜日でしたので、「平成の通り抜け」に行く予定だったのを、新しく出来た「中之島美術館」に行き先を変更して行ってみました。美術館へは京阪電車・「中の島駅」が最も近いと思って降りてみたのですが、以外に遠く「リーガロイヤルホテル」の前に降り立ってしまったので雨に濡れたサクラを撮っていると「明治天皇」がお手植えされた桜の木がありました。
 残念ながら「中之島美術館」は7日から一般公開されることになっていて入館することは出来ませんでした。仕方なく、あたりをウロウロしていると、前庭に鎮座している「猫」のオブジェがあり、雨に濡れながらもしっかり「にらみ」を効かせていました。
12.藤田別邸と平成の通り抜け
 翌日の4月4日、絶好の「お花見日和」となったので自宅に籠もっている訳には行かず、昨日に予定していた「平成の通り抜け」と「藤田別邸」へ出かけることにしました。
 「藤田別邸」ではたくさん写真を撮り、直ぐに帰ろうかと思ったのですが、少し余力があるように感じたのでそのまま天満橋まで歩くことにしました。藤田別邸を出てから天満橋方向へ足を向け、「ぶらりぶらり」と足を伸ばし、途中休みながらも「平成の通り抜け」を歩きました。
 相変わらず「平成の通り抜け」は桜の木がいっぱいあり、人混みもさほどなく、ゆっくりと散策できました。対岸の「造幣局の通り抜け」は昨年は開催されませんでしたが、今年は4月13日から行われるそうです。
13.大阪城西の丸公園
 昨日(4/4)に引き続き今日(4/5)も良いお天気に恵まれましたので、大阪城西ノ丸庭園へいって来ました。大阪の桜の開花目安となる「標本木」は既に満開の状態でした。
 西ノ丸庭園は一般の人は有料ですが、大阪市内に住む65歳以上の人たちは無料で入れて頂くことが出来ます。平日のこともあってか入場する人は殆どなく、広い庭園を一人占めした感じで晴天の下、真っ青な空と綺麗な空気を満喫することが出来ました。
 わずかながらも「西ノ丸庭園」に入場してくる「家族連れ」や「老夫婦」などに出会うと「ホット」した気分になりました。良いお天気に恵まれた絶好の「お花見」でした。偶然にも「スズメ」が飛んできて僕と一緒に「お花見」を楽しんでくれました。
14.南天満公園
 昨日までは今年の「お花見」はもう終わりにしようと思っていたのですが、今日(4/7) のお天気は私を家に閉じ込めてくれませんでした。それで、天満橋へ出て「南天満橋公園」のサクラを見に行くことにしました。
 「南天満公園」は大川の北側にあり、普段は閉鎖されているのですが、この時期だけ一般に開放され、フエンスの鍵を外してくれています。公園には余り人出がなく、心地よい散策をさせてくれました。「南天満公園」は天満橋を北へ渡って直ぐに川縁へ降り、川沿いに天神橋方向へ行った処で、「造幣局側」とは違って、訪れる人も少なく、至って静かな処です。
 突然吹き込んでくる風に揺られて「花吹雪」が見られました。大川を「外輪線」がゆっくりと進んでいました。「南天満公園」を西に歩き、「天神橋」を南へ渡るとそこはもう天満橋の近くになります。
 「天満橋」の川べりには珍しい物が浮かんでいて、大きな「ウキ」の上にシートを敷いた「水上お座敷」のようなものや、「水上自転車」らしきものが大川に浮かんでいました。
15.平野神社
 4月10日、「桜の博物館」とも云われている「京都・平野神社」へ行ってきました。「平野神社」のご祭神は、@「今木皇大神」(いまきすめのおおかみ)=活力生成の神・A「久度大神」(くどのおおかみ)=竈の神、衣食住の生活安泰の神・B「古開大神」(ふるあきのおおかみ)=邪気を降り開く平安の神・C「比売の神」(ひめのかみ)=生産の神の4神で、古くから公家伝来の桜が奉納されたことから境内には約50種・約400本の桜が植えられており、「平野の夜桜」として親しまれています。
 私が訪れたこの日はたまたま4月10日で、昔(寛和元年・985年410日)、花山天皇が桜をお手植えされたことから、毎年4月10日に「桜まつり」として盛大に催されています。
16.藤井寺
 西国33札所第5番の葛井寺へお詣りに行ってきました。このお寺のご本尊は十一面千手千眼観世音菩薩なのですが、実際に千本の手がありますので、他では絶対にお目にかかれない仏像です。
 毎年4月18日にはご本尊ご開帳で、このときを逃したらこのご本尊の千本の手をこの目で拝むことは出来ません。それで、4月18日にはお詣りできませんので、その前日である17日()に行ってきた訳です。
 葛井寺はその名の通り、藤の花が境内の至る所に咲いていて、今まさに満開の状態でした。しかしご本尊は撮影禁止のため、写真はありません。そもそも葛井寺の始まりは渡来人によって建立され、聖武天皇の勅願により行基菩薩を道師として開眼されたものでした。
 その後、永長元年(1096)大和明日香の「藤井安基」が伽藍の大修理に尽力されたことにより「藤井寺」と改名されました。「葛井寺」には「あかん河内の葛井寺」と云う別名が付けられています。
17.大阪城公園のツツジ
 4月23日、満開の「ツツジ」を見たく、ブラッと大阪城公園へ行ってみました。以前に外堀を巡って森ノ宮まで歩くと、至る処にツツジの植え込みがあり、満喫したことがあったので、今日もそれを期待して行ってみました。外堀は期待に違わず、綺麗なツツジが待っていてくれました。
18.5月の近江(街並みと八幡堀めぐり)

 5月上旬、近江八幡まで出掛けてきました。近江八幡と云えば「近江商人」として有名ですが、今でも豪商の屋敷や白壁の土蔵が残っており、「歴史民俗資料館」や「西川ふとん」で知られる「豪商・西川家住宅」などが残されています。
 その昔、豊臣秀吉が築いた八幡堀は琵琶湖とつながり、舟が行き来していました。春にはサクラやハナショウブ、夏には柳、秋に紅葉、冬景色など四季折々の風情が楽しめる処で、白壁の土塀が建ち並ぶ情緒溢れる景色を約30分間、舟の上から楽しんできました。

19.中之島バラ園
 5月下旬、中之島のバラが最盛期を迎えているだろうと行って見ました。日曜日ともあってたくさんの人たちがバラを見に来ていました。花は午前中が最も綺麗に撮れるのでそれを狙って行ったのですが大勢の人たちが鑑賞に来ていますから思うように撮れません。
 珍しいバラもあり、1本の木に白とピンクの花が咲いてるものや一つの花に2種類の花びらがあるものもありました。いろんなバラがある中で一つだけ試しに変わった撮り方をしたのがあります。
 それはバラの花を浮き上がらせてバックを思い切り暗くして撮りました。その結果、添付のような写真ができあがりました。
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(坊農 了一)